お盆を過ぎようとしているのに一向に衰えない残暑のなか、いざ、いしかわさんの仕事場へ。いしかわさんのお宅は最近新築したばかり。外ではじりじりと太陽が照り付けているのが嘘のように、さわやかに風が通る快適な自宅&仕事場である。 いしかわさんの愛猫、正太郎くんもお出迎え。ひとわたり訪問者のにおいをかいで観察 すると、いしかわさんのデスクの足元のクッションに長々と横になった。定位置なのだろう。

〈吉祥寺の街について〉
■新居へのお引越し、たいへんでしたね。

- 引越しそのものより、仕事しながら片づけるのがたいへんだよね。本も運送屋が適 当に棚に突っ込んでいったので整理しなおさなければいけないんだけれど、考えるだけ でいやになるよ。まず最初にコンピューターを組んで、台所を使えるようにして、あと は毎日ちょっとずつ片づけることにしてる。昨日は寝室のウォークインクローゼットだ け集中的に整理して、とりあえずTシャツを片づけたんだけれど。仕事場だけでも早く なんとかしたいね。

■いしかわさんと吉祥寺の関わりはだいぶ長いのですか。

- 大学3年だから21歳のときからかな。吉祥寺のまんなかは家賃が高かったんで、三 鷹台よりに住んでいた。そのころからずっと吉祥寺周辺をうろうろしてますね。

 僕は明治大学だったから、大学1年のときは通学の便を考えて明大前に住んだんだけ ど、みんなの溜まり場になるだけだったんだよね。そこでつぎに仙川に行ったんだけど 、街としてはおもしろくなかった。そのころちょうど漫研(注1)の先輩にかわぐちか いじ(注2)がいて、小金井に住んでいた彼のところに手伝いに行ったことがある。そうすると吉祥寺で乗り換えになるから、街を歩いてみて「吉祥寺もいいかな…」と。そ れで大学3年から、とりあえず吉祥寺に住んでみた。

 僕が大学に入ったころから、新宿は盛り場としての力が落ちていて、新宿のヒッピーたちが新宿を離れて中央線沿線に移動していたんだよね。当時、中央線の「三寺」とい っていた高円寺、吉祥寺、国分寺に大移動を始めていた。そういうこともあって吉祥寺に来てみたんだけど、来てみたら居心地がよくて、行きつけの店や友達もできてそのま まずるずると…。

 僕は大学に5年いたので、そのまま3年住んで、一度就職で実家の豊田市に帰ったのね。でも結局サラリーマンになり切れずに、11か月で会社を辞めて東京に戻ってきてし まった。そのあとは渋谷の道玄坂に住んでいたんだけど、あそこはすごく空気が悪かった。マンションの10階にいたのに、それでも部屋の中に外からのホコリが入り込んでく る。ちょうど結婚して子供ができるというときだったので、これではまずい、もっと空 気のきれいなところに住もうというので、鷹の台に引っ越したんだよ。

 鷹の台に越したのは、吉祥寺に住んだ経験から学生のいる街がいいなと思ったから。 あそこは武蔵美、津田塾、朝鮮大学校、白梅短大、創価学園がある。だから学生街かと思って越したら、ぜんぜん違ったんだよね(笑)。地味ーな住宅街で、学生は国分寺か 吉祥寺にきちゃう。早々に鷹の台を引き払って吉祥寺に戻ってきた。

 だから吉祥寺を離れたのは2、3年で、24〜25年は吉祥寺にいる。実家にいた時間よ りずっと長いんだよね。

注1:明治大学漫画研究会はプロのマンガ家が輩出するので有名
注2:ご存じ「沈黙の艦隊」の作者

■いしかわさんはホームページでも最近の吉祥寺について嘆かれていますが 吉祥寺はずいぶん変わりましたか。

- 吉祥寺は完全に外来者向けの街になっちゃった。俺達もかつては外来者だったから 、そのころも元からの住人は苦々しく思っていたんだろうけれど、昔はもっと内向きの 街だったんだよ。

 店もその街に住んでいる人向けの店が多かった。小さな店が多くて、定食屋もいっぱ いあったし、喫茶店も飲み屋もめし屋も、地元の人向けに安くてきちんとしたものを食べさせる店だったんだけど、それが減ってきたね。

 いまはちょっと料金が高くて見栄えがよくて、一回来るにはいい店が増えた。Hanako なんかで特集されて「この店おしゃれじゃん」と、街の外から来て帰っていく人のための店ばかりになってしまった。ちょっと居心地悪いなあ。駅前にガラの悪いヤツも増え たし。

■たくさん人が集まってくると、ガラの悪い若いのも男女を問わずいますね  残念ながら。

- この間はほんと、殴り合いになりそうだったもん。駅前でインネンつけられてね。 向こうは3、4人いたんだけど、俺ほんとうに頭にきたから、井の頭公園に連れ込んで 半殺しにしてやろうかと(笑)。一触即発の状態になっていたら、そこに小田急バスが 来たの。バスの運転手がスピーカーで「こんなところで喧嘩しちゃだめよ〜」というの で、一気に力が抜けて「今日のところは許しておいてやろう」ということになったんだ けど。

 そういうのがだいぶ増えたよね。丸井の裏あたりで地べたに座ったり寝ころんでるし。俺、地べたに寝てるやつ、大嫌いなんだよ。地面てやっぱり汚いじゃない。そいつ、 家に帰ってそのままのかっこでまた寝るのかと思うと、嫌なんだよな。

■ 吉祥寺周辺にはマンガ家さんが多いですが、その理由は。

- それは「アド街ック天国」でも解説したんだけど、中央線と井の頭線があって原稿 取りが便利なんだよね。特に中央線は出版社の多い神田に直通だから。

 それにわりと大きな街で、ここでなんでも揃うから街から出なくていいじゃない。マ ンガ家ってほんとに時間がないからね。僕もマンガと小説と両方書いているけど、マン ガのほうが2倍時間がかかる。だから売れっ子小説家で毎晩銀座に行くやつはいても、 売れっ子マンガ家でそんなことするやつはいない。物理的にできないんだよ。だからひとつの街でぜんぶ済むのはありがたい。

 しかも吉祥寺は近くに公園があって住環境としてもいい。それに加えて本屋と画材屋 があるのが大きいよね。資料が揃う大きい本屋とスクリーントーンが買える画材屋って なかなかないんだよ。渋谷とか新宿にはあるけど、ちょっとあのへんには住めないしね 。

 吉祥寺にはほんとうにマンガ家が多いよ。一流どころだけで30人以上いるんじゃない かな。その下のクラスのマンガ家とアシスタントを合わせると100〜200人くらいいるだ ろうね。普通の人は顔を知らないから、マンガ家が歩いていても気がつかないけれど、 俺なんかよく道ですれ違うよ。

 

〈パソコンとインターネット〉
■ いしかわさんのホームページは、毎日書き込みがあって楽しいです。
 でも、たいへんじゃないですか。
 

- あれは日記がわりだから。「しょっちゅう更新されていますね」といわれるけど、 あれに書き込んでおくと、原稿を書くときにネタを検索できて便利なんだよね。そんな に褒められることじゃないよ。

 インターネットを始めたのはホームページを作る半年くらい前だから2年弱になるけ れど、そもそもは連載のネタづくりのためだったしね。

■アスキーの連載「だってサルなんだもん」(注3)も長いですよね。

- もう10年以上になるもんね。パソコン関係の新しい技術がきたらとりあえずやって みる。

インターネットもそろそろ潮時だからやってみよう、ホームページもつくろうと なんでもやってみて、その中からやりやすいものや、おもしろかったものだけが残っていくという感じだね。
注3:アスキーから単行本も4巻出ています。10月には5巻目がでる予定。

■ いしかわさんのパソコン歴は。

- いまはマックとウィンドウズを併用してます。もらいもののダイナブックの初代機 がパソコンの使い始めだな。

 パソコンを使う前にワープロの時代があって、業務用のオアシスの巨大なのを使っていたんだけれど、一文書に原稿用紙40枚分くらいしか入らないのね。ちょっと長い小説 を書くと一文書に入らなくてとても不便だった。「コンピュータにかえようかな」と思っていたら、ちょうどダイナブックの広告の仕事をして一台もらったわけ。

 でもそれまでオアシス使っていたから入力は親指シフトで、ダイナブックは親指シフトがないからすごく苦労した。ディスクトップにしてキーボードを取り替えてずっと親 指シフトでやっていたんだけど、親指シフトのキーボードをつけられる機種は限られているから、途中で入力のバイリンガルになって、いまはもう「ローマ字かな入力」になっちゃったね。まだ親指シフト使おうと思えば使えるけど、しばらく練習しないと戻らないだろうな。ほんとうは親指シフトの方が速いしストレス溜まらなくて楽なんだけど、し ようがないよね。

 パソコンも新しいものがでると、なんでも一通りやっては見るけれど、難しいものは毎日は使えないし、結局使いやすい、楽なものが残っていくね。
別に機能を全部使う必 要はないし、自分の生活が便利になるように使えばいいわけだから。

〈マンガの仕事とその周辺〉
■BSの「マンガ夜話」(注4)が話題です。
 だいぶマニアックに盛り上がっているよ うですが。

- こんなに続くとは思わなかったけどね。もとは単発の企画で、月金放映の2週間で 終わるはずだった。ところがやってみると、やる側もおもしろかったし反響も大きかっ た。スタッフ側が喜んで「もう5日間やってみよう」と延長したら、どんどん反響が大 きくなって止められなくなっちゃった。あと1年くらいは続くんじゃないかな。

 最近ちょっと予定調和になってきたので、どうしようかという話は出ているんだけれ どね。レギュラーは最初何人かいたんだけれど、結局、岡田斗司夫(注5)と夏目房之 介と俺だけが残って司会が大月隆寛ということになった。キャラクターの住み分けがすごくできていて、ゲストがいないほうが話していて楽なくらい。でもそのメンバーだと 「今日はこういう展開かな」と予想したとおりになってしまう。何が出るかわからないところが面白かったんだけれど、長くやっているとそれがなくなってくるんだね。メン バーを替えるか、止めるか、マイナーチェンジして続けるか、ちょっと考えているところなんだ。

注4:内容がマニアックすぎて、マンガを知らない人間が見てもわけがわからないという声も。視聴者を選ぶ番組らしい。いしかわさんはジャンルを超えて莫大な量のマンガを読み込んでいる。
注5:作家&プロデューサー、おたく文化に詳しく東大でおたく学を講義したことで有名。

■岡田さんも吉祥寺在住ですよね。

- 自宅はたしかこのあたり。事務所は井の頭公園沿いの、例のバラバラ事件の被害者 の家で、わけありだから「安かったんですよ」と本人がいってた。

■ 山田詠美(注6)さんもこの近くに住んでいて、ばったり会われたとか。
 たしか山田さんも明治大学の漫研だったと思いますが。

- 漫研の後輩だよ。僕が漫画家になってしばらくして、また漫研に顔を出すようにな ったころに、あいつが新入生で入ってきて仲間外れにされていたんだよね。「漫画が描 きたい」っていうから「エロ本でよかったら紹介してやるよ」って、当時エロ漫画御三 家だったエロジェニカに紹介したんだ。あのころは亀和田武が「劇画アリス」、高取英 が「エロジェニカ」、もうひとつは編集者が突出していたわけではないけれど下請け会 社がしっかりしていた「大快楽」。それが御三家といわれていた。

注6:小説家になる前に「山田双葉」という名でマンガを描いていた時期がある。

■デビュー当初はエロ漫画誌でマンガを描かれていたそうですね。

- デビューして2年くらいはそうだったね。サラリーマンを辞めて、なにかしないと メシ食えないからさ。でももう勤められないし、マンガだったら描けるかなと思ったんだけど、どうやってマンガ家としてデビューすればよいのかがわからなかった。当時は いまのように新人賞がいっぱいあるわけでもないし、本もないしね。

 どうしようかなと思っていたら、学生時代バイトで描かせてくれた雑誌があったのを 思い出した。いまの「ぶんか社」、昔は日本文華社といっていたんだけれど、そこの雑 誌だった。エロ本といってはかわいそうかな。いわゆる二流誌を出していて、原稿を持っていったら載せてくれたので、そこにぽつぽつと持ちこみを始めた。そのほかには、 かわぐちかいじのアシスタントが編集者になった広済堂出版から「漫画ジョー」という雑誌が出たので原稿を持っていったり、そこの紹介でみのり書房のエロ本に2誌くらい 描いていた。 そのころみのり書房が「OUT」というアニメ誌を出して当たったんで 、「ペケ」というマンガとアニメを両方載せる雑誌を出した。そのへんでちょっとマニ アックなものを描いたら妙に評判がよくて、そこから「マニアックなものを描いても大丈夫なんだ」という自信が出てきた。そこからメジャーな漫画誌にいって、だいたいの ところには描いたんじゃないかな。少年誌はついにキングから脱出できなかったな。マガジンに一回描いたんだけれど、それからおよびがかからなかった。

 (ここでインタビュアーが各自、「キリコ特急」(少年画報社/少年キング)、「うえ ぽん」(白泉社/ララ)など、思い出のいしかわじゅんマンガの話をして盛り上がる)

 マニアックなものを描き始めたといっても、それまでもそんなに無理してわかりや すいものを描いているということはなくて、けっこう勝手に描いていたんだけれど、デ ビューして1年以上メシ食えなかったね。原稿料の払込みは原稿を渡してから数か月あ とになるでしょ。デビューしたのが8月だったから、その年の原稿料収入は30万だった。その次の1年が90万で3倍に増えて、3年目でやっと食えるようになった。それがみ のり書房に持ち込みに行き始めたころじゃないかな。サラリーマンの年収くらいになったのでやれやれと思ったね。

■ 最近注目しているマンガ家を教えてください。

- 最近は黒田硫黄が面白い。以前はアフタヌーン(講談社)に描いていた。ちょっと 前にモーニングのマグナム増刊の「ネオ・デビルマン」シリーズで一本描いて、それが すごくよかった。筆か筆ペンで描いているようなとっつきにくい絵がらで、ちょっとギャグっぽい絵なんだけれど話はまじめ。ユーモアがあってシリアスな話で、諸星大二郎 にちょっとテイストが似てるかな。

■ 「漫画の時間」(注7)の2巻目が出るそうですが。

- 来年の春ごろに出そうと思っている。出版社は晶文社か新潮社のどちらかだと思う 。1巻目が新潮文庫から出る予定だから、同じ出版社のほうが作業がすごく楽なんだけ れど。かなり細かいデータを突き合わせなければならないからね。晶文社は「うちから 出してほしい」といっているし、どうしようかなあ。

 「漫画の時間」を出したときは月5本くらいマンガ評論を書いていたけれど、いまは月2本くらいしか書いていないし、春ごろになれば溜まるかと…。でもいま、出す約束 をしている単行本が15冊くらいあるんだよな。それをなんとかしなきゃいけないんだけど。

 さっきもメシ食っていたら角川書店から電話がかかってきて、去年の9月刊行予定の 単行本の話だったんだけど、まだ20ページしか書いていないんだよね。二つの雑誌に連載していた原稿だから最初から書き直さなければならないんだよ。やっと20枚書いたん だけど、あと500枚。先は長いよ。

注7:いしかわさんの漫画評論集。晶文社刊。新潮文庫に収録の予定。

■ 出版社との交渉も全部ひとりでやられているんですか。

- マネージャーとか使うのいやなんだよね。あまり仕事に人を入れるのは好きじゃな いの。仕事場にいなくてもすむ広告のエージェントとかは外部に頼んでる。仕事はなる べくひとりでやりたくて、アシスタントはひとりいるんだけどあまり呼ばない。アシスタントは月に1週間も来ないんじゃないかな。月給制だから時給すごい高いよ。早く独 立しろっていっているんだけど、ぜんぜん辞めないんだよな(笑)。

 

趣味の世界/くるま・陶芸・洋服・家を建てる〉
■ いしかわさんは多趣味で知られていますが、
 まず愛車アルファ・ロメオについて聞かせてください。

- アルファは好きで、もう10年くらいいまの車に乗っている。でも結婚していたころ には旅行用に「ちゃんと動く車」をもう一台持っていたんだよ。

 アルファももちろんちゃんと動くけど、ちょっと夏暑いのが難点だよね。右の窓は開 くんだけれど、左の窓はワイヤー切れちゃって開かないんだ。運転席が暑い。

 昔の車って防熱がいい加減だからダクトのあたりがすごく熱い。エンジンも熱いし。 エンジンがオーバーヒートしそうになるとヒーター入れるの、知ってる? ヒーター入 れるとファンが回り、ファンの風がエンジンの側に当たってちょっとは冷えるといわれているんだけれど、ほんとうに冷えるかどうかわかんないよね。

 以前、東名を走っているとき大渋滞でぜんぜん動かなくなっちゃって、途中でついに 冷却水が沸騰しかけたんだ。後ろに乗っていたのが初対面の2人だったので、「悪いな 〜」と思ったけれど「ちょっとヒーター入れるから」ってヒーター入れて…。あの2人 はきっと、なんでヒーター入れるのかわからなかったと思うんだよ。そのまま会話がな くなってしまってね。

 メンテナンスは小平のアルファ専門のガレージに出してる。車検は2年に1回だけど 、毎年1回は見てもらって細かい修理をしている。

■このあいだ、ベンツのCMをやりましたよね。

- アルファ派からは「金で転んだ裏切り者」(笑)といわれましたよ。アルファに乗っていて、こっそり普段の足にベンツ使っているヤツも多いと思うんだけど。

■ 陶芸も始められたとか。

- 歩いて2、3分のところに陶芸教室があるんだ。それは「陶磁郎」(双葉社)の連 載の取材に行っているんだけどね。以前はユザワヤの教室に行っていたんだけど、基本 的なところだけ教わって移ることにした。でも、近いわりになかなか行けないんだよな 。

 陶磁郎の連載は採算を度外視してやっている。季刊で1回4ページなんだけど、それを描くのに3、4回取材に行っているから、時給に直すと、マクドナルドより安いかも 。話が来たときから「これは趣味でやろう」と思っていたからいいんだけれど。

 最近は正ちゃんのメシ皿を作っている。出来上がりを見て「これはだめだな」と思っ たら「これはお前のメシ皿ね」ということになる。普段使いのものを作ろうと思っているんで、浅皿、深皿、壷なんかが多いかな。手回しや電動ろくろを使ったり。しばらく はこのまま陶芸をやろうと思っている。もうちょっとやっていれば、何をつくるべきかわかると思う。

陶芸と華道と書は前からやりたいと思っていたんだよ。陶芸が多少わかるようになる まで、まだ何年かかかるだろうから結局は陶芸だけになるかもしれないね。

■ 陶芸と華道と書とは、また渋い趣味ですね。
 陶芸も奥が深くてはまるとたいへんそうですし。

- おふくろが陶芸をやっているんだよ。皿とかくれるから使ってるけど、わりとうま い。絵も陶芸もうまいし、専業でやっていたらプロになっていたんじゃないかな。絵は 50歳くらいから始めたらしくて、実家に帰ったらおふくろの描き損じた絵がそのへんに 捨ててあって、見たらすごくうまいの。「うまい!」って、ほんとにびっくりした。自 分の母親が絵がうまいとは、夢にも思わなかったもん。

■ 絵がうまい遺伝子が伝わっているんじゃないですか。

- おふくろの父親はすごく腕のいい庭師だったんだよ。じいさんの庭はうまかったな 。トヨタの専属で、家の庭もやってくれていたんだけど、そのへんの庭師に頼むと一か 月経つと庭が崩れてくるんだよね。じいさんがやると半年間はずっときれいなの。はさ みをほとんど使わずに手で枝の先を摘んでいくんだけど、半年後がどうなっているかを 見ながら摘んでいくんだよ。あれはすごかった。

 じいさんは実は、お茶とお華の先生やりながらの庭師だったんだよね。それで趣味が骨董だった。だからうちにいい書とか骨董とか溢れていた。お華の花器もきれいなもの が多いし、おふくろが絵がうまいのは子供のころからそれを見て育ったせいかと思うんだけど。俺は直接関係ないしなあ。

 そういえば俺の娘もいま、シカゴの美大にいっているんだ。俺は2回結婚しているん だけど、最初の結婚のときの娘。4歳のときに別れたきりだし、俺が父親だって全然知 らなかったのに、あるとき突然絵を描き出したらしい。

やっぱりおじいさまから脈々と強力な美術関連の遺伝子が伝わっているんでしょう。  ちょっと話はかわりますが、いしかわさんはとてもおしゃれにうるさいと噂です。
 ドト ールあたりでお茶するときもワイズを着ているとか。

- このかっこ(Tシャツに半ズボン)でおしゃれっていっても、説得力がないよ(笑 )。 もともと洋服が好きだったから、経済的余裕ができると最初に買うのは服なんだよね。 それが20年くらい前だから、ちょうどデザイナーズ・ブランドが出てきてパルコができて、ワイズ、コムデ、コムサ、ビギあたりが入ってので、けっこうそのあたりは買って た。普段着と外出着を分けてなかったんで、普段でも着てるわけ。それで20年くらい前に「いしかわはワイズ着て仕事をしている」ってよくいわれたんだけど、「ワイズ着て …」もなにも、俺はそれしかもってないんだから、それを着て仕事するしかないよね。 ドトールに行くにも、それしかないんだもの。  いまはこれ(Tシャツに半ズボン)着ているけどさ。夏は楽なのに限るよ。最近は部 屋にエアコンもあまり入れないしね。

■この部屋はエアコンなしでも、風が通ってきもちいいですね。

- なるべくエアコンを使わなくていいように、軒を深くしてもらったんだ。この家は OMソーラーというシステムとフォルクスハウスというシステムの両方を取り入れてい る。 この家を建てたのは2年くらい前に離婚して、引っ越そうと思ったから。通勤が 面倒だったので自宅と仕事場を一緒にしようと思ったんだけど、完全に一緒にするとプ ライベートがなくなってしまう。最初はマンションを2つ買って行き来しようかと思っ たけど、そう都合よく並んで空いているマンションはないし、間取りが無駄で使いにく い。どうせなら家を建ててしまおうと思った。いまならひとりだから自分の好き勝手に できるしね。

 だからこれは完全に独り暮らし用の家。これからどうなるかはわからないけれど、と りあえずはひとりで暮らすのに便利なように建てた。

 まず、「どういうのがいいかな」と住宅雑誌を見ながら考えていたら、OMソーラー とフォルクスハウスを見つけた。そこで両方やっている人がいないかなとインターネッ トで検索したの。そしたらフォルクスハウスの提唱者が下北沢にいて、OMソーラーも やっていることがわかった。「これだ!」と連絡して、それから始まったんだよ。

 建ってから一か月経つけれど、あちこち気に入らないところが出てきて「ここ直して 」とやっている。

■ 家を建てるのは最高の道楽だといいますから。

- うちの親も家を建てるのが好きで、3軒建てているよ。

■ 吉祥寺でよく行くお店は。

- お茶は駅前のボアか豆蔵。前は中道通りから豆蔵のほうに入って行く角に仕事場が あったんだ。

 夜はあまり飲みに行かないけど、ビデオインフォメーションセンターとは長いつきあいなんで(注8)、あそこのグループはぜんぶ散歩巡回コースに入っている。だからハ モニカキッチンには行くね。ハモニカキッチンと豆蔵は社長と仲がいいんだよ。

 あとは、もんくすふーずによくメシを食いに行く。里の宿にも行くよ。俵屋でよく和 菓子も買うし。あのへんの俵屋、上杉、もんくすふーずにはよく行く。

■ 吉祥寺には歩いて行くんですか。けっこう距離がありますけど。

- 何ケ所か寄るところがあると自転車で行くけれど、なるだけ歩くようにしている。 この土地を買うときちょっと考えたんだよね。仕事場なら駅から近いほうがいいし、自 宅と考えると環境がいいほうがいい。環境を取って住宅街を探したんだけど、駅から遠 いのでどうしようかと迷った。何度か歩いてみて、これなら大丈夫だと思ったんだ。も ともと歩くのは好きだし。ぜんぜん苦にはならない。

 暑いの好きだし、ダラダラ汗流して散歩して帰ってきて、シャワーを浴びるのは気持ちがいいよ。

 

〈沖縄とダイビングについて〉
■かなりの沖縄好きだとうかがっていますが。

- 沖縄はすごい好きだよ。もう20年くらい行ってる。沖縄も好きなんだけれど伊江島っていう小さな島があって、そこにずっと通っている。

 本部(もとぶ)っていうむかし海洋博があったところなんだけれど、そこからフェリ ーで行ったところにある島。いまはいろいろルートがあって、セスナで一発で行けるし高速艇で行っても1〜2時間で着くんだけれど、俺達はいつもレンタカー借りて、高速 で沖縄を縦断してフェリーに乗って、一通り満喫してから島に行って行る。セスナで行くのも海岸線がすごくきれいで気持ちがいいんだけどね、簡単に着きすぎて旅行の醍醐 味がない。

■ 沖縄はやっぱり島がいいですよね。

- 10数年前は沖縄本島もかなりきれいだったんだよ。でももう珊瑚はないしね。

 伊江島はほとんどダイビング客しか来ない島なんだ。コント赤信号の小宮がダイビン グ好きで、小宮と俺の両方と仲のいいダイビングインストラクターが、「沖縄に行ったとき時間があまったんで、伊江島に行ったらすごくよかった」っていうんで、それで行 ってみたらほんとうによかったんだよ。それで11年くらいずっと毎年行っている。

 民謡で有名な小さな島なんだけど、平たい島にぽつんとちいさい岩山があって、名前 が「城山(たっちゅう)」っていうんだ。月刊ジャンプで「わたるがぴゅん!」を連載 しているなかいま強っていう沖縄出身のマンガ家がいる。以前週間少年サンデーで「うっちゃれ五所瓦」を描いていた人だよ。マンガの中に出てくる頭のとがったやつが「た っちゅう」っていうんだけどそれがその山の名前なんだ。

 その山の麓にヒルトップホテルというのがある。名前は立派なんだけどボロくで、す ごく安くてのんびりできるホテル。おいしい食事がついて7、8千円だったかな。そこ にずっと行っていて、おばちゃんと仲よくなって、まるで自分の家のようだったんだけ ど…。 数年前、いつもお世話になっているダイビングインストラクターの家の真向か いに、ちっちゃいリゾートホテルができた。潰れてたホテルを矢崎総業が買い取って、 リゾートホテル兼社員の福利厚生施設にしたんだ。そこが管理がよくて、海の近くで、 サウナとプールとジャグジーがあって快適なの。そこができてからついそっちに行ちゃ って、最近ヒルトップのおばちゃんにはご無沙汰してる。ヒルトップの前は顔を伏せて通るようにしているね。

■ダイビングスポットとしても、とてもいいところみたいですね。

- けっこうあちこちで潜ったけど、そこの海が俺の潜った中では一番きれいだなあ。30メートル潜っても上まで素通しで見えるんだよ。洞窟がいっぱいあるし。

 そこはインストラクターの湯野川さんが見つけたポイントで、その人が来るまでダイ ビングはやっていなかった。湯野川さんは北海道出身で水産大学を出て漁師やりに沖縄 に来たんだ。趣味で潜っているうちに漁師とインストラクターを兼ねるようになり、い まはインストラクターだけになっちゃった。

 洞窟をずっと潜っていくと外に出るとか、途中に大広間があるとか、すごく面白い。 「えび穴」っていうのがあってね。潜っていくと横穴があって、そこを行くと3畳くらいの広い部屋に出る。湯野川さんが懐中電灯一本で初めて潜ったときには、そこにぎ っしり海老がいたんだって。湯野川さんは漁師だから「しめた!」ってどんどん捕った。だからもう海老はいなくて、名前だけ残っている。でも先がどうなっているかわから ない穴に、懐中電灯だけで潜るなんですごい度胸だよね。俺にはとてもできないな。

 面白いスポットがいっぱいあって、ダイビングをやる人はけっこう前から、沖縄の伊 江島の名は知っていたんだよ。

 ダイビング客用の民宿と沖縄本島からの客用のちっちゃいホテルがふたつくらいあって、それだけだった。観光客がほとんどいなかったんだけど、リゾートホテルができた それにころから観光客が増え初めて、島がだんだん変わってきた。大きいスーパーとコンビニ、信号がいくつかできた。以前信号はひとつしかなかったのに。

 施設も立派になって住んでる人はいいだろうけれど、俺達にとってはちょっといやだ な。伊江島でもついに珊瑚が死に始めたんだよ。

 そこには大きな浜がふたつあって、そのひとつがGIビーチっていうの。昔は米軍が プライベートビーチに使っていて、いまは返還されている浜。遠浅の広い浜で水道も売 店もない。食料もぜんぶ自分で用意していかなきゃならないんだけど、手つかずできれ いなんだ。

 そこがいつも独り占めだったの。車でクーラボックスに一日いられるだけの水と食料を詰めてもっていって、大きな岩があるんで、岩かげにシートを敷いて昼寝して本を読 んで、寒くなると日なたに出て、泳いでまた昼寝して…といった感じで一日貸し切りなんだよ。

■この世の極楽じゃないですか。

- そこにもう10年以上行っているから人のいる浜がいやなんだよね。昨日友達と市営 プールに行ったんだけど、人のいるのがうっとうしくてさ、思わず「お前らもう帰れよ 」(笑)といいたくなっちゃった。

 俺はいつもその浜へ行くとまずパンツ脱いでたの。誰もいないんだからパンツはかな くてもいいじゃない。でも、一回パンツ脱いで立っていたら、いきなりそこに素潜りの 漁師がボコって上がってきて、俺もびっくりしたけど、むこうも驚いたろうなあ。

 最近は人が来るんでパンツが脱げない。このあいだ6月末にも行ったんだけど、一日 に3、4人、人が来るんだよね。貸し切りじゃなくなっちゃって、すごい不満なんだよ 。

 その浜からサブザブっと歩いて海に入ると、そこにもう珊瑚があったんだけれど、今 年行ったら全部死んでて、びっくりした。土が流れ込んだんじゃないかな。珊瑚がみん な真黒になってね。すごいがっかりした。

 地元の人って、そういうのが観光資源って気がついていないんだよ。道路をきれいに したり、トイレつくったりするのが観光客を呼ぶと思っている。でも、歩いていけると ころに珊瑚があるって、日本中探してもそうそうないよ。それが売り物だったはずなの にね。珊瑚が全滅したのは開発以外に原因があったのかもしれないけど、やっぱりがっかりした。

 友達にその島を教えると、だいたいみんな行くようになるんだよね。編集者もだいぶ 送り込んだ。まだほんとうにきれいな島なんだけど、珊瑚は残念だな。  

 ベランダのプランターになにやら植わっていて、ふわふわした緑が風にそよいでいる 。苦瓜(ゴーヤ)である。沖縄とは気候が違うので、あまり大きな実はできないけれど 、ちょうどピクルスのキュウリくらいの大きさになら育つ。いしかわさんはそれを炒め て食べるのだそうだ。

 

忙しい時間を割いてくださったいしかわさん、どうもありがとうございました。
いしかわじゅんホームページもご覧ください。

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