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previous<<< <チキン・ジョージと食べものの復讐> ―― 以前、パソコンの箱をお持ちのところをお見かけしたんですけれど、マックだったような気がするんですが、違います? 当たりです。音楽の打ち込みをやろうと思ったんですよ。でも僕はあまりパソコンと相性がよくないらしくて…。打ち込みってけっこう難しいんです。特にドラムの音なんか、音の強弱と長さを1個1個指定しなくちゃならなくて、結局「そんなしんきくさいこと、やっとられへん」と。 ―― じゃあCGをご自分でやられたりとかは? やらない、やらない(笑) ―― 楳図さんがCGやったら別の人になっちゃうかも(笑)。 私たちも世代によって、読んでいた作品が違うんですけれど。小学校のときに「へび女」の回し読みをしていたり、赤んぼう少女たまみちゃんの影響で「たまみ」という名前の子がどうしても好きになれなかったりとか。 「漂流教室」も印象的でした。「試行錯誤」という言葉をあれで覚えたんです。ところで「14歳」のチキン・ジョージって、吉祥寺のもじりなんですか? ええ、そうなんですよね。自然にそうなったんです。 今はもうなくなっちゃったんですが、伊勢丹の下にファンシーグッズ屋があって、へんてこグッズをいっぱい売っていたんです。 そこでこういうの(鶏の頭の形をしたマスク)を売っていたんですよ。僕はぱっと見て、「これをください」といったんですね。そしたら店の人が、「実はこれは胴体もついている」というので「胴体もください」といったんですが、「いまはない」とかいわれて、結局頭も売ってくれなかったんです。 でもそのイメージがすごく残っていて、チキン・ジョージになったんです。 あの漫画は、ほんとうは動物漫画のつもりだったんです。動物漫画の極地を描こうと。 ―― えっ? それで「14歳」にはいろいろな動物が出てくるんです。そのつもりで読んでもらうとわかりやすいんですけど。 漫画にもいろいろ分野があるけれど、今度は絶対動物漫画を描こうと。 ―― 「14歳」を動物漫画と思って読んでた人って…。 いないと思うけど。でも動物たくさん出てくるでしょ? 「動物漫画だから動物がいろいろ出てくるんだな」と思ってもらえれば。ふつう動物漫画って「シートン動物記」みたいに、動物の生態があって感動があって別れがあってみたいになってるけれど、それとは違う動物漫画を描きたいな、と。 ―― チキン・ジョージが食肉の培養槽から生まれてくるというショッキングなストーリーで、今のバイオ技術を先取りするような「14歳」が、実は動物漫画だったんですね。 あれは僕が「にわとりって何のために生存しているんだろう」って考えたのが、そもそものはじめなんです。「世の中に食べられるだけの存在ってあるんだろうか」「そんなものが、自然にこの世の中に生まれてくるもんなんだろうか」って考えたのがきっかけなんですね。 ―― 確かに、ブロイラーって狭いゲージのなかで一生を終えるから、人間からすれば食べられるためにいるようなものです。 でもにわとり本人が「食べられるために生まれてきた」って思っているかどうか…。思ってなくてもどこかでそれを感じ取っている部分があると思うんですよ。それを感じ取る感覚が、ある結果を引き起こすと僕は思う。 単にこの世は弱肉強食で、弱いものは喰われるだけで終るんだろうか? それが疑問なんですよね。 そうして考えると食べものだって、「単に食べられるだけじゃすまさないぞ」というところが絶対あると思うんです。それは「病気」っていうことで現われると思う。 例えば、肉ばっかり食べるとコレステロールがたまって病気になりますよね。それは単に食べ過ぎっていうよりも、食べられた牛とか豚がコレステロールを利用して食べた人に復讐するんではないか、と僕は思ったもんだから、にわとりだって食べられるままではすまさない、という気持ちがどこかにあるんじゃないか。 それはミカンだっていえると思うんですよ(と、篭に盛ってあるミカンを指差す)。ミカンばっかりたべているとミカンの復讐でミカン人間になってしまうとか(笑)。 ―― それは怖い。 世の中は食べものの復讐で満ち溢れているから、そこからどうやって復讐の槍先をはぐらかすかが、生きていくうえでの知恵だと思っているんです。 普通にいうとお医者さんのいう「いろんなものを万遍なくバランス良く食べなさい」になっちゃうんだけど、復讐という観点から考えると、ひとつの復讐がきそうだなと思ったら、さっとかわして他のものを食べるということだと思うんですよね。すると万遍なく食べなきゃいけない。復讐に気をつけて食べる。 ―― そうですか。私は最近鍋ものが続いて白菜ばかり食べているんですが。 白菜の復讐は怖いですよ(笑)。白菜キムチの復讐とか。 >>> next |