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丸井の一本裏通りのビルの地下にライブハウスで居酒屋の「のろ」はある。
木彫りの看板と、階段の壁いっぱいの壁画が目印。
ここは日本の音楽シーンに多大な影響を与えた、知る人ぞ知る伝説のライブハウスいや、LIFE
HOUSEなのである。
オーナーの加藤さんはフォーク全盛時代の生き証人。開店前の静かな「のろ」に、編集長iko、カメラマンKent、ライターお萩がお邪魔した。
●エンジニア、脱サラしてライブハウスを開く
―― 「のろ」が開店したのはいつごろなんですか。
76年だから、もう25年目になるね。
―― それはすごい。場所を吉祥寺に決めたのはなにかいきさつがあるんでしょうか。
店をやる場所はここ以外でもたくさん探したんだよ。でも、僕自身が吉祥寺に長かったのね。この街がすごく好きで、高校卒業してからずっと吉祥寺だから。店の物件をあちこち半年くらい探したのかな。そしたら、たまたまここを見つけた。
―― 加藤さん、ご出身は?
北海道。それで東京に出てきて。わかるでしょ、そういうのって(笑)。
―― 都会への憧れですね(笑)。
で、最初はサラリーマンだったのね。だからこのお店は脱サラ。
―― サラリーマンといってもいろいろですが、具体的には何を?
電気の設計。ラジオとかテレビを設計していたというとわかりやすいかな。エレクトロニック・エンジニアというやつ。
開発課にいて図面引いてたんだよ、ちゃんと。抵抗とかコンデンサーとか書いて。
―― おおーっ。加藤さんがスーツ着てたお姿がちょっと思い浮かびませんが。
着てないもん(笑)。俺達は開発課でお客さんとかとは会わないから、別
にジーパンでもOK 。
―― で、いきなりエンジニアから脱サラでライブハウス・オーナーですか。
昔からずっと音楽は好きだったから。エンジニアやりながらもずっと音楽はやってたし。そんないきなりという感じではないよ。
―― 音楽のジャンルは?
最初はカントリーっぽいロックだよね。時代がまだ、ダイアナ・ロスとかシュープリームスよりも前だった。カントリーとロック、ブルースが融合しかけている時代の音楽だから。
そのカントリーがあったおかげで、僕は日本のフォークに入ってきたわけだよ。
といってもいわゆるバリバリのカントリーじゃないよ。俺はああいうの苦手だから。もっとロックとかブルースに近い。
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